音楽の未来について思うこと(@びわこJAZZフェスティバル2010)

滋賀県は八日市で開催された「びわこJAZZフェスティバル2010」に、シンガーのアリシア・サルデニャ、ギタリストの中村文彦、ドラムのエリックとともに参加してきました。

4月のくせにとても寒かったり雨ばかりの日が続いていたのですが、この日はとてもよい天気。厚着をしようと思って前夜にハンガーにかけていたダウンジャケットが必要なくなってしまいました。

冬物はそろそろお休みの時間かもしれません。…ようやく、です。

八日市までの交通は自宅のある新大阪からJRで近江八幡まで乗り、近江鉄道に乗り換えて終点というながれ。京都から北へはほとんど足をむけたことがないので、乗り換え案内の所要時間をみてびっくり。
小旅行にでも出かける気分でした。

平田オリザ氏著『芸術立国論』と缶コーヒーでのんびりと電車の旅。車内は空いているうえに天気のよさも手伝ってか、今日にかぎって目的地があることがちょっぴり残念でした。

近江八幡駅から乗り換えた「近江鉄道」は初めて乗る電車。小さくてほどよくサビのついた車両、車内は思ったよりゆったりと広くて快適でした。

ひっそりとたたずむ駅には今では珍しい「有人」の改札口が。まだ小さいころに、駅員さんにキップをパチンと切ってもらうのが楽しくて仕方がなかったのを思い出しました。使い込まれて黒ずんだ改札バサミと白い手袋の美しいコントラスト。

自動改札になれてしまうと、当たり前だったはずのこの瞬間がとても新鮮で、改札を出る時のひとこと「ありがとう!」というやりとりがサイダーみたいに清々しくて仕方がないのです。
出がけに挨拶したおばぁちゃんの嬉しそうな顔も浮かんできて、なんだかシアワセな気持ちになりました。まあ、これも当たり前のことなんでしょうけどね。

さて、近江鉄道の終点である八日市の改札をおりると、既に音楽が聞こえていました。
ギターで奏でる「JUST FRIENDS」のメロディ。あぁ、ジャズフェスにやってきたなぁ。という感じです。

いえ、ボクは当然演奏する側なんですけれど、最近こうした街ぐるみのイベントや文化行政などに興味をもっているせいか、それに携わる人たちの思いとかがなんとかなく伝わってくるようで、そしてさらに滋賀県の澄み切った空気は音楽を妙に気持ちよく聴かせてくれるのです。

出演する会場に向かうまでの街角ではたくさんの人たちが思い思いの演奏を繰り広げているわけですが、とりわけ年配の人たちの姿を多くみかけることができました。定年を間近に控えた、あるいはもうすでに定年を迎えて自由な生活を送っている人たちでしょう。

そんな彼らを取り巻くように、関西圏の顔を見知ったミュージシャン達や、その轍を追う若手などもステージに立っている。

音楽がこんなに近くにあるって本当にすてきなこと。

これはまさに生活のなかにふと現れた贅沢な時間です。
このゼツミョ〜なひとときを本気で楽しめる心のゆとりは、いまに生きるすべての人たちに必要なことだと思っています。

豊かな老後や子どもの発達などの小さな枠だけでは語れない意味や役割、それは精神はもとより命さえつなぎとめる力が、音楽を含めた「芸術文化」には宿っているからです。


アリシアとの楽しいステージを終えて(あえて内容にはふれません)
駅まで歩くみちすがらいろいろなことが頭を巡りました。

かつてロックスターを目指した人たちやメインストリームに目を輝かせる10代たち、遊び盛りの小さな子どもまで、この世界に生きているすべての人たちは芸術文化を楽しみ、感じる権利をもっているのに、どうして日本は誇らしくその文化を発信できないんだろう。なぜお金のことばかり第一に考える人が多いんだろう。なぜ芸術家(特にボクを含めた音楽家)はこの国と景気のグチばかり言わなくちゃいけないんだろう。

むかし戦争に負けた日本が選んだ(選ばざるをえなかった)道は、ボクたちにたくさんの豊かな恩恵をのこしてくれていますが、ぼちぼち変わっていかなければならない状況にあることに気づかなくてはいけません。

いままでを決してダメといっているのではなく、これから歩むべき方向を考え直さないといけないということです。
そして世界屈指の経済大国となり、長寿と高い教育制度を手に入れたこの国は世界中から注目を集めましたが、それとともに失ってしまった「大切なもの」のことを思い出さなくてはいけません。

中身は非常に長くなるので割愛しますが、何にも気づかないまま、あと数十年たった時のこと考えると身の毛もよだつ思いがします。

ただ幸いなことがひとつ、こんな時流を感じてなのか、ちょこちょこと「大切なもの」を手に入れようという動きが出てきているようですね。

国も地域もいろんなところで芸術と芸術家のあり方を問う動きがあり、いまボクの周りにはそんな志を抱いたすばらしい人たちがたくさんいるのです。
…日本も捨てたもんじゃないです。

ボクはこの時流にのって将来への礎になるという目標をもっています。まあ実はごく自然に思いついたことで半分ノリのような感じだったのですが、それに関わるいろいろな時事問題や知識や考察をながめていると、いかに自分の視野が狭く偏った人間だったことを痛感させられます。

だからこそボクはこの扉をあけてみて正しかったと思えるんですけどね。

これから降り掛かる試行錯誤と発見が楽しみでなりません。
そしてボクが放つ音にさえいずれ、
強い意志を込められるようになることでしょう。

そのうち、芸術にいそしむ人たちの幸せそうな顔がみたいものです。
そして芸術家にいたっては、そんな土壌から見つけた自分をもっと表現して、世界中に発信していってほしいと思っています。
そんな世の中が一体どんな意味をもつかは…

その時のお楽しみです。

電車が駅をはなれる前にゆったりと流れていた曲
「Danny Boy」があまりに美しすぎて目頭が熱くなりました。

やっぱり、音楽はいいな。

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